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野上弥生子エピソード【11】


伯母の贈り物

昭和の初め、私や弟が臼杵の小学生の頃、伯母から古い洋服をおくってきました。伯母には三人の男の子がおり、三人とも私より年上です。
 それで、素一、茂吉郎、燿三の服が不用になると、私と弟の道郎にお古がおくってくるわけです。小手川家の家計を少しでも助けようとの気持ちです。
 それで、小学生時代の私は新しい服を着た事は一度もありません。中学一年生になると、制服が決まっており、新しい服を生れて初めて着て大変嬉しかった事を覚えています。
 年末に家族宛にチョコレートが必ず贈ってくれるのと、何かの時に空也のお菓子のもなかをおくってきた事しか覚えがありません。伯母は義理堅い人で、世話になったり、何か戴くと、必ず礼状を書き、お返しをする人でした。
 妻は伯母からかねがね臼杵湾でとれた魚が食べたいと言われていました。しかし、宅配便のない時代ですから、私の次女の孝子が東京の大学に入り、正月休みに帰省して上京する時、臼杵湾の鯛とエソを持たせて届けさせました。
 伯母は忙しい人だから家の中に入りこまぬよう注意しました。ところが、伯母はチャンチャンコを用意しておって「これは宇野千代さんから戴いた品だが、伯母さんにはハデすぎる。お前にあげる」と言ってチャンチャンコをくれました。
 また、伯母からは毎年12月に北軽の上等の花豆をおくってきます。女房は年末になると、鯵の干物の串ざしをおくります。伯母からの贈り物はその程度ですが、私の父母の銀婚式の祝として、京都から紅茶カップとお皿を下さいました。

フンドーキン醤油株式会社会長
小手川力一郎


左から
燿三、茂吉朗、素一、豊一郎、
弥生子(昭和11年頃)


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