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弥生子ゆかりの臼杵の地 探訪
弥生子のふるさと臼杵は、今でも城下町の町並みが残る、歴史の情緒あふれる町です。弥生子の生家や、晩年まで住んだ邸宅が残されています。訪れた際は是非散策してみてください。
歩いてみよう!臼杵の地探索モデルコース
弥生子が14歳まで過ごした生家の
一部を記念館に
「海神丸」「迷路」「秀吉と利休」などの作者として名高い文学者、野上弥生子は明治18年臼杵のまちに生まれました。99才でこの世を去るまで文筆活動を送った野上弥生子の偉業をたたえるため、昭和61年、生家(小手川酒造)の一部に文学記念館が開館されました。館内では少女時代の勉強部屋も見学できるほか、逝去の直前まで執筆に使用されていた弥生子愛用の品々、夏目漱石から弥生子に宛てた手紙など、遺品約200点を展示、公開しています。
150年の歴史をもつ
野上弥生子の生家
小手川酒造は野上弥生子の生家で、創業は安政2年(1855年)の蔵元。当時は酒造りの閑散期に味噌・醤油を造っていましたが、これが現在のフンドーキン醤油株式会社の前身となっています。150年程前に建てられた土壁の蔵の中で、毎冬11月中旬~3月上旬まで黒麹の麦焼酎を昔ながらの手造りで仕込んでいます。
フンドーキンのシンボルともいえる工場。 1970年に完成したみそ工場としてつくられたこの工場は、その規模や製造方式においてそれまでのみそづくりを一変させるもので、過酷な肉体労働を強いられていた現場環境が劇的に改善されました。
1929年、弥生子が東京の成城で手に入れた家。
スペイン瓦での急勾配の屋根やモルタルの外壁を特徴とする。この家に弥生子は大変満足していたといいます。
生涯作家人生を送った弥生子は、99歳で没する直前まで、この建物の2階にあった小さな書斎で筆を執っていました。この家は1989年に臼杵に移築され、現在有形文化財として、外見の見学は自由となっています。
タイムスリップしたかのような町並み
大学時代に弥生子の家に下宿
町の中心にある臼杵のシンボル。天守閣は崩されていますが、当時のままの石垣が残っています。
稲葉家下屋敷・旧平井家住宅
旧藩主稲葉家の屋敷。1,000坪もの敷地に見事な日本庭園を有する情緒溢れる建造物です。旧平井家住宅は隣接している武家屋敷です。
臼杵石仏
磨崖仏としては日本初の国宝に指定されました。山の斜面に作られており、秋には紅葉も見られます。
旧真光寺
1716年に建立。今では無料休憩所として開放されています。2階からは臼杵の美しい町並みが一望できます。